ケータイ辞書JLogosロゴ 大串(近代)


茨城県>水戸市

 明治22年〜平成4年の大字名。はじめ稲荷村,昭和30年からは常澄【つねずみ】村の大字。明治24年の戸数115・人口714。稲荷村・常澄村の役場所在地。段丘の北側は村の中心部として発展。大正3年稲荷神社は郷社となり,昭和11年同社の出社祭礼は取止めとなった。同社の例祭には大野みろくとともに大串ささらばやしが奉納される。人参が特産物。農間期には藁工品(縄)を生産したが,近年は稲刈取機の開発により行われなくなった。大串小学校は大正6年稲荷尋常高等小学校となり,昭和38年現在地(字向山)に移転されるまで,稲荷村内の小学校教育の中心となった。古くから第2次大戦中まで大串ささらの獅子頭だけを少年たちが振りかざして,道路や畑の中まで,地域中を走り回る「おはやし」と称する年中行事があった。大正期村人が宝性院(廃寺)墓地に天保11年仇討された鈴木忠左衛門の死をいたみ,小型の慰霊石を建立。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271981
最終更新日:2009-03-01




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