ケータイ辞書JLogosロゴ 大島村(近世)


茨城県>ひたちなか市

江戸期の村名常陸国那珂郡のうち中丸川上流域に位置する地名の由来は,室町期に開発が行われた地域で,周辺の湿原地から流れる新堀川や南側の低湿地から流れる中丸川などによって,水田が台地を孤島のように囲んでいることによるという(勝田市史)水戸藩領寛永18年の検地で外野大島村が当村と外野村に分村村高は寛永21年「御知行割郷帳」262石余(うち田高134石余・畠高127石余),「元禄郷帳」262石余,「天保郷帳」308石余用水は雷溜「水府志料」によれば,石神組に属し,戸数33,村の規模は東西15町余・南北9町余助郷は佐和・枝川・田彦宿などに出役神社は慶長年間建立の稲荷のほか,花園・黒袴などの小社がある(鴨志田茂家文書)寺院は,寛文3年「開基帳」によれば明応5年開基の真言宗覚成院があったが,寛文6年の水戸藩寺社整理で見捨(廃寺)となるその後再興したが天保年間に大破した堂などの修復が不可能のため当村から願い出て畳寺(廃寺)となる(筑波根於呂之)天保14年東石川村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272034
最終更新日:2009-03-01




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