ケータイ辞書JLogosロゴ 大竹村(近世)


茨城県>鉾田町

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国鹿島郡のうち。はじめ佐竹氏領,元禄年間・幕末期ともに陸奥守山藩領(明治3年松川藩となる)。村高は,寛永10年「鹿島領御地頭御分地高帳」227石余,「元禄郷帳」422石余,「天保郷帳」444石余,「旧高簿」452石余。鹿島灘沿岸では,近世中期から地引網漁業が盛んに行われ,大網主も出現した。正徳5年当村の船主は1艘を2人以上で持つ場合を含めて38人,20艘(県史料近世社会経済編)。網主と水主との関係は,地主・小作の関係にも通じる漁村特有の性格を持つ。寺院は天台宗地蔵院・徳性院・地福院(新編常陸)。明治8年茨城県,同11年鹿島郡に所属。明治22年新宮村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272072
最終更新日:2009-03-01




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