ケータイ辞書JLogosロゴ 大町(近世)


茨城県>笠間市

江戸期〜明治11年の町名笠間城下の1町笠間城の西,北は愛宕町,南は枡形に接する笠間5か町の1つ町の規模は,南北5町・広さ8歩半文禄3年宇都宮国綱の家臣玉尾忠勝が笠間城を預っていた頃,石井村の住民を移し,町屋を形成した高札場が置かれた宝永2年「町方軒別書上」によれば,屋敷数98軒・店借52戸,人数652人,内訳は地作26(うち店借3)・穀売3・酒屋3・酒売2(うち店借1)・肴屋6(うち店借1)・肴売10(うち店借9)・豆腐屋4(うち店借1)・問屋2・旅籠屋2・鍛冶5(うち店借1)・荒物屋4など,ほかに上市毛村名主などがいた(県史料近世社会経済編)北側の愛宕町境に三所明神がある八坂神社は牛頭天王を祀り,祭礼は天王さんとよばれにぎわった寺院は浄土宗月崇寺が町の東側にあり,真言宗極楽寺・威光院などもあった明治11年笠間町の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272195
最終更新日:2009-03-01




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