ケータイ辞書JLogosロゴ 大谷口村(近世)


茨城県>岩井市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国猿島【さしま】郡のうち。旗本一色氏知行,享保9年からは飯沼開発に伴い関宿藩領となる。村高は,寛文10年の水帳では277石余(反別27町8反余),「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに280石余,「旧高簿」288石余,「旧高旧領」280石余。助郷は,享保13年・天保14年の将軍日光社参に境宿・谷見宿に勤め,宝暦2年は取手宿に勤めた。慶応4年新政府軍の会津出兵に伴う送迎に境宿・谷貝宿に人馬を100石につき10人弱の割合で出した。鹿狩は,享保10年・同12年・寛政7年・嘉永2年とも勢子を出した。天保15年の宗門改帳では家数97・人数164(大谷口蛯原家文書)。寺社は,天台宗泉福寺・香取神社。泉福寺は神亀元年行基の創建と伝え,鎌倉期に俊芿によって法相宗から改宗されたという(奈良県大聖寺文書)。明治8年茨城県,同11年猿島郡に所属。明治22年七郷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272229
最終更新日:2009-03-01




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