ケータイ辞書JLogosロゴ 小栗村(近代)


茨城県>協和町

 明治22年〜昭和29年の真壁郡の自治体名。小栗・蓬田の2か村が合併して成立。旧村名を継承した2大字を編成。役場を小栗に設置。井出蛯沢村の帰属をめぐって新治村と争うが,結局官の裁断を受け新治村の大字となった。明治24年の戸数277・人口1,998,厩207,船3。小栗の西は水利に恵まれて水田が広がっていた。一方,天水地で用水に恵まれず,排水路もなく深湿田の多い東・南部に,小貝川から水を引き,排水路をつけ乾田化する目的で,明治33年県下第1号として,小栗耕地整理組合が村長小島新平を中心に結成された。小貝川からの取水によって従来の水田の水不足を心配する村民は激しく抵抗し,用水開門には警官隊の出動も要請されたが,現在では通称小島整理地といわれ豊かな水田が広がっている。また小島家小作人信用購買組合がつくられた。明治25年小栗小学校が小栗尋常高等小学校となる。大正9年の世帯570・人口3,000。同13年の世帯460・人口4,073,金貸7・牛馬商1・理髪業3・精米業6・宿屋2。昭和19年日農系の農民組合結成。同20年日農小栗支部・社会党真壁支部などの動きから村長空席5か月という事態が起き,また米供出にかかわる整理地耕作者と西田耕作者の争いも起こる。世帯・人口は,昭和10年586・3,244,同25年718・4,207。昭和29年協和村の一部となり,2大字は同村の大字に継承。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272360
最終更新日:2009-03-01




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