ケータイ辞書JLogosロゴ 小曽納村(近世)


茨城県>美野里町

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国茨城郡のうち。はじめ佐竹氏領,慶長7年宍戸藩領,正保2年幕府領,万治3年土浦藩領,寛文9年幕府領,天和2年からは宍戸藩領。村高は,「元禄郷帳」122石余,「天保郷帳」「旧高簿」ともに140石余。もとは花野井村と1村で,正保年間以後分村したという(新編常陸)。天明年間には百姓24戸があったが,新田の百姓5軒が同時に出奔したので,その負担が本郷の百姓にもかかり,本郷百姓も12軒に減少した。その後文政年間頃には7軒にも減少し,宍戸藩荒地開発願いを出し開拓者を入植させ新田開発をしたという。神社は鹿島神社。花野井村を分村する以前は,花野井字市道の通称桜の本から鹿島神社の社殿へ参道として馬場先が通じていたという(美野里町史編集資料)。明治4年茨城県,同11年東茨城郡に所属。明治22年竹原村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272424
最終更新日:2009-03-01




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