ケータイ辞書JLogosロゴ 笠間村(古代)


茨城県>笠間市

 奈良期に見える村名。常陸国新治【にいはり】郡のうち。「風土記」に「郡より東五十里に笠間の村あり。越え通ふ道路を葦穂山と称ふ。古老のいへらく,古,山賊あり。名を油置売命と称ふ。今も社の中に石室あり。俗の歌にいはく,言痛けば をはつせ山の 石城にも 率て籠らなむ な恋ひそ我妹」と見える。「葦穂山」は新治・真壁両郡界の足尾山が遺称とされる。「郡」(新治郡衙)から東へ50里笠間村へ「越え通ふ道路」は,現在の協和町古郡から真壁町に出て,一本杉峠を越えて大塚を通り,吾国山と難台山の間を抜け,笠間へと通じていたものといわれる。ただし,葦穂山については栃木県茂木町の足尾山に比定する考えもある。「油置売命」について「新編常陸」は,「延喜式」に見える夷針神社の夷針と油置とが音が似ているので,夷針神はこの油置売命を祀ったものと推定している。また,「石室」は,加波山にある「禅定ノ岩屋」,「をはつせ山」(小泊瀬山)は足尾山の別名で真壁の方でいった名であろうという(新編常陸)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272594
最終更新日:2009-03-01




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