ケータイ辞書JLogosロゴ 梶内村(近世)


茨城県>関城町

 江戸期〜明治22年の村名。はじめ常陸国河内郡(西河内郡),元禄年間からは真壁郡のうち。元禄年間は幕府と旗本吉田・佐野氏の相給,幕末期は幕府と旗本小浜氏・太田氏の相給。村高は,「元禄郷帳」412石余,「天保郷帳」420石余,「旧高簿」418石余。神社は赤城神社,寺院は天台宗福蔵院(新編常陸)。福蔵院は通称梶内観音といい,安産子育観音として近隣に知られ,縁日には大勢の参詣者でにぎわった。用水は寛永年間陰沢村から大谷川を分水した黒子堰を利用。明治4年茨城県,同11年真壁郡に所属。同17年連合戸長役場が置かれた。明治22年黒子村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272605
最終更新日:2009-03-01




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