ケータイ辞書JLogosロゴ 柏田村(近世)


茨城県>牛久市

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国河内郡のうち。旗本土屋氏知行,幕末期は旗本土屋氏と幕府の相給。村高は,「元禄郷帳」391石余,「天保郷帳」391石余,ほかに柏田村新田101石余,「旧高簿」569石余。牛久宿の加助郷差村で助郷高は252石。文化元年牛久宿助郷一揆に参加し,過料は8貫文。鎮守は大同2年の創建と伝える柏田神社で,明治になって45か村の郷社となり,さらに当村村社となり,愛宕・鹿島・三峯・熊野・稲荷・道祖各神社を合併した。ほかに天正年間創立の日枝神社,兜八幡宮がある。寺院は天台宗長泉寺,同観音院(現在廃寺)。明治3年結束村を分村。同8年茨城県,同11年河内郡に所属。明治10年女化原【おなばけはら】の開拓開始。同14年柏田小学校開校。同17年女化原で近衛砲兵の実弾演習が行われ,明治天皇が行幸。明治22年岡田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272643
最終更新日:2009-03-01




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