ケータイ辞書JLogosロゴ 数須村(近世)


茨城県>下妻市

 江戸期〜明治22年の村名。はじめ常陸国河内郡(西河内郡),元禄15年からは真壁郡のうち。元禄年間は幕府領と旗本梶氏・赤井氏の相給,幕末期は山城淀藩と旗本赤井氏の相給。枝郷として「元禄郷帳」では下新田村,「天保郷帳」では下新田村と中新田村の名が見える。村高は,「元禄郷帳」875石余,「天保郷帳」492石余,「旧高簿」では491石余。寺社は天台宗正法院・十二所明神(新編常陸)。明治6年開設の数須小学校は,同19年大宝小学校に合併,同22年分離した(下妻市史)。明治8年茨城県,同11年真壁郡に所属。明治22年騰波ノ江【とばのえ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272647
最終更新日:2009-03-01




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