ケータイ辞書JLogosロゴ 勝下村(近世)


茨城県>旭村

 江戸期〜明治22年の村名。鹿島郡のうち。はじめ佐竹氏領,元禄年間・幕末期ともに旗本須田氏・青木氏ほか旗本2氏の相給。村高は,「元禄郷帳」459石余,「天保郷帳」720石余,「旧高簿」389石余。生業は主に漁業。納屋集落とよばれる漁小屋が浜辺に建てられ,多くの漁民が漁期をここで暮らした。半農半漁の村。天保年間以降に勝下新田村を分村。寺院は天台宗松光院・福性院・東光院・常福院(新編常陸)。明治8年茨城県,同11年鹿島郡に所属。明治22年諏訪村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272699
最終更新日:2009-03-01




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