ケータイ辞書JLogosロゴ 勝倉(中世)


茨城県>ひたちなか市

 戦国期に見える地名。常陸国吉田郡のうち。享禄4年11月28日に六地蔵寺の僧心車の記した「那珂湊補陀洛渡海記」(お茶の水図書館蔵)に「勝倉」が見える。年月日未詳の常陸大掾伝記断簡写に「勝倉……等ハ吉田ノ一族也」と見える(吉田神社文書/県史料中世)。年月日未詳の鹿島大使役記抄記には「応安元年戊申吉田勝蔵」と見え,勝倉氏は応安元年の鹿島大使役を負担している(石川氏文書/県史料中世)。文禄3年の太閤検地を機に那珂郡に属す。文禄5年蔵納帳(秋田県立秋田図書館蔵)によれば,当地は937石4斗7升を算出し,真崎豊後に預け置かれている。勝倉城は四方に高さ約3mの土塁と深い濠をめぐらした単郭の城郭で,北側に大手があった。現在,城跡は勝倉小学校・勝倉幼稚園となっており,西側の土塁が残る。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272703
最終更新日:2009-03-01




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