ケータイ辞書JLogosロゴ 神田山村新田(近世)


茨城県>岩井市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国猿島【さしま】郡のうち。享保10年正月神田山村名主名越武右衛門が飯沼開発の一部を請け負い開発した。幕府領。村高は,天保9年905石余(飯沼新田開発),「旧高簿」905石で,「天保郷帳」「旧高旧領」には村名が見えない。反別67町余。宗門改帳によれば葛飾郡の永沼村・拾万村・不動岡村などから移住(遠藤家文書)。享保13年の人数124(尾崎秋葉五郎兵衛家文書)。天保9年農間渡世書上帳によれば,高905石余,家数33(うち農業一統渡世28・農間商い渡世5)・人数198(県史料近世社会経済編)。同12年の家数33,うち菓子屋2(崎房秋葉光夫家文書)。助郷は,将軍日光社参の享保13年・天保14年に日光東街道宿々に勤め,弘化4年は古河宿の代助郷を勤めた。元治元年の天狗党騒動に竹槍隊農兵10人を出し大生郷の大生寺に布陣した(馬立古矢家文書)。慶応4年新政府軍の会津出兵に伴う送迎のため仁連宿・諸川宿へ100石につき10人弱の割合で出役した。鹿狩には,寛政7年・嘉永2年に勢子を出す。名越武右衛門が勧請して氏神とした八幡神社があり,村の鎮守を兼ねる。明治8年茨城県,同11年猿島郡に所属。明治6年神新小学校が建設され,同12年六新小学校となる。明治22年飯島村の大字神田山新田となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272731
最終更新日:2009-03-01




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