ケータイ辞書JLogosロゴ 金江津村(近世)


茨城県>河内町

 江戸期〜明治22年の村名。下総国香取郡のうち。幕府領,寛永2年佐倉藩領,享保元年旗本小笠原氏の知行,のち旗本知行・藩領などを経て,幕末期は旗本小笠原氏・酒井氏・保科氏の相給。村高は,「元禄郷帳」1,671石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに2,026石余。宝永年間に金江津用水開削。鎮守は天和3年創建と伝える側高神社,ほかに稲荷神社・水神社。寺院は曹洞宗大洞院があり,慶長5年江戸崎城主土岐氏の一族天岩梵祝により開山された。天明年間以降蓼太流の俳句が盛んになり,海保九郎左衛門は曲流舎を開いた。利根川に金江津の渡しがあり,中金江津と下総猿山を結んでいた。明治8年千葉県,同11年香取郡に所属。明治9年金江津小学校開校。銚子丸が銚子〜木下間に就航し,金江津河岸にも寄港した。同21年金江津小学校全焼。明治22年千葉県金江津村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7272742
最終更新日:2009-03-01




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