ケータイ辞書JLogosロゴ 上谷貝郷(中世)


茨城県>真壁町

 室町期〜戦国期に見える郷名。常陸国真壁郡のうち。享徳5年(康正2年)6月3日真壁朝幹は,某と所務相論の結果,係争地を折半され,上谷貝郷内金敷村半分を所領として打渡された(真壁文書/古河市史)。弘安田文(税所文書/県史料中世),嘉元田文(所三男氏所蔵文書)では,「谷貝」と見え,永享7月8月9日の常陸国冨有仁注文写にも「谷萱」と見えることから(続常陸遺文),上下に分立したのは永享年間〜享徳年間と思われる。永禄2年6月1日,真壁久幹は「名字之地廿余郷」を古河公方足利義氏から安堵されており,戦国期は真壁氏の支配下にあった(真壁文書/古河市史)。天正18年,豊臣政権のもとで佐竹領に編成され,文禄5年蔵納帳(秋田県立秋田図書館蔵)に「〈高八百一石九斗六升 此内七十六石七斗八升荒〉定納百貫文〈此内七十七貫七百文かゝり〉〈同(真壁預り)〉上屋かい」と見える。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7273007
最終更新日:2009-03-01




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