ケータイ辞書JLogosロゴ 木戸村(近世)


茨城県>関城町

 江戸期〜明冶22年の村名。はじめ常陸国河内郡(西河内郡),元禄年間からは真壁郡のうち。元禄年間は旗本柘植・一色・花房氏の相給,幕末期は幕府と下妻藩および旗本小浜氏・柘植氏の相給。村高は,「元禄郷帳」876石余,「天保郷帳」872石余,「旧高簿」831石余。神社は木戸神社(天満宮)。寺院は天台宗幸福寺があったが(新編常陸),明治初期に廃された。用水は寛永年間陰沢村から大谷川を分水した黒子堰を利用。元治元年下妻藩領の名主飯田軍蔵は天狗党に参加し,同年獄死した。明治4年茨城県,同11年真壁郡に所属。明治22年黒子村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7273240
最終更新日:2009-03-01




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