ケータイ辞書JLogosロゴ 串挽村(近世)


茨城県>鉾田町

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国行方【なめがた】郡のうち。はじめ佐竹氏領,元禄年間・幕末期ともに府中藩領(明治2年石岡藩と改称)。村高は,「元禄郷帳」で串引村として668石余,「天保郷帳」678石余,「旧高簿」707石余。串挽新河岸は巴川に面し,奥州,水戸藩領内からの諸荷物の集散地として大いににぎわった。問屋や旅籠屋などが軒を並べ,船大工を営むものもある。寺社は天台宗地蔵院・香取明神・富士権現(新編常陸)。明治8年茨城県,同11年行方郡に所属。明治22年秋津村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7273302
最終更新日:2009-03-01




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