ケータイ辞書JLogosロゴ 幸谷村(近世)


茨城県>河内町

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国河内郡のうち。元禄年間は幕府領,のち旗本小栗氏知行を経て,幕末期は旗本石野氏・小栗氏の相給。村高は,「元禄郷帳」249石余,ほかに枝郷羽子崎新田村212石余,「天保郷帳」284石余,「旧高簿」283石余。正保年間以後生板【まないた】村から分村(新編常陸)。鎮守は八幡神社,寺院は天台宗正泉寺。寛文3年新利根川の開削が始まり,河内屋堤が築構された。明治8年茨城県,同11年河内郡に所属。明治22年生板村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7273539
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ