ケータイ辞書JLogosロゴ 駒羽根郷(中世)


茨城県>岩井市

 戦国期に見える郷名。下総国幸島【さしま】荘のうち。永禄11年5月21日の足利義氏充行状写に「幸嶋荘之内駒羽根郷被充行候」と見え,恩賞として渋垂筑前守に充行われた(楓軒文書纂/古河市史)。永禄11年7月26日の足利義氏条書写に「大口・猫実・大矢口・駒羽・苅宿四ケ所之儀何も申上旨……大口之事,頼光寺為御恩賞被充行候,其外三ケ所之儀,先年左衛門大夫返忠之砌,家中之者三人ニ一代与被仰定被下之候」と見え(野田家文書/古河市史),野田左衛門大夫の「返忠」によって,その所領3か所が没収され,3人の家臣に一代限りそれぞれ与えられており,その1つが先の足利義氏充行状写であったものと思われる。天正2年と推定される12月2日の垪和康忠充芳春院周興・昌寿連署書状写に「駒はね 渋垂筑」と見え,渋垂筑前守の知行地であった(喜連川家料所記/古河市史)。同年12月15日の渋垂修理亮充足利義氏制札写に「駒者弥百姓可致還住事」と見え,小田原北条氏と簗田氏の関宿合戦によって逃れていた御料所内の百姓の還住を命じる制札が出されている(楓軒文書纂/古河市史)。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7273693
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ