ケータイ辞書JLogosロゴ 駒跿村(近世)


茨城県>岩井市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国猿島【さしま】郡のうち。関宿藩領。村高は,寛文元年の検地では266石,「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに269石余,「旧高簿」279石余,「旧高旧領」269石余。助郷は,将軍日光社参の享保13年・天保14年。ほかに日光法会・大通行の時に日光東街道宿々に勤めた。文化10年から10年間古河宿へ人馬を出した。万延元年から15年間古河宿の代助郷は中止された。慶応4年新政府軍の会津出兵に伴う送迎のため境宿・谷貝宿に助郷を勤める。寺社は,猿島坂東三十三か所の1つである観音堂,天台宗正覚寺,香取神社。明治8年茨城県,同11年猿島郡に所属。明治22年七重村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7273694
最終更新日:2009-03-01




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