ケータイ辞書JLogosロゴ 西郷地村(近世)


茨城県>美野里町

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国茨城郡のうち。はじめ佐竹氏領,慶長7年宍戸藩領,正保2年幕府領。村高は,「元禄郷帳」では西郷内村として302石余,「天保郷帳」では古く西郷内村とあり323石余,「旧高簿」324石余。寺院は天台宗広諦寺・宝蔵院(新編常陸)。産物に笊があり,西郷地笊と称された(同前)。元禄3年地内を水戸街道が通ると,橋場美の地から下宿へ,友常の地から上宿へ移住があったと伝える(美野里町史編集資料)。天保年間までに橋場美新田と先後【まずのち】新田を分村。元禄9年徳川光圀により先後新田の稲荷を地内の刺賀飛護念の社に合祀したという(県神社誌)。広諦寺は嘉永5年以後無住となり,明治2年神仏分離に際して廃寺となって跡地に同10年西郷地小学校が創設された(美野里町史編集資料)。明治4年茨城県,同11年東茨城郡に所属。明治22年堅倉村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7273754
最終更新日:2009-03-01




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