ケータイ辞書JLogosロゴ 山谷村(近世)


茨城県>伊奈町

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国筑波郡のうち。谷原領3万石の一部として開発された。幕府領,寛永19年〜貞享3年は下総佐倉藩領,享保3年からは土浦藩領。村高は,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高簿」ともに369石余。「県方集覧」によれば,寛永11年の石高・反別は田286石余・畑75石余(ほか新田7石余),田28町9反,畑・屋敷10町余,新田7反余。享保年間の家数31・人数172,馬20(県方集覧)。用水は小貝川の福岡堰から取水。年貢米は鬼怒【きぬ】川の細代河岸へ津出しした。寺社は,真言宗正徳寺・鹿島明神で,ほかに阿弥陀堂があった(同前)。明治8年茨城県,同11年筑波郡に所属。明治22年谷井田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7273955
最終更新日:2009-03-01




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