ケータイ辞書JLogosロゴ 下出島村(近世)


茨城県>岩井市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国猿島【さしま】郡のうち。はじめ旗本一色氏知行,享保10年からは飯沼開発に伴い関宿藩領となる。村高は,「元禄郷帳」152石余,「天保郷帳」193石余,「旧高簿」199石余,「旧高旧領」193石余。助郷は将軍日光社参の享保13年は高100石につき人足2・馬2であった。安永6年は免ぜられ,天保14年の社参には出役した。宝暦2年は取手宿に人馬を出した。文政7年11月割合の高い加助郷を日光東街道の境宿から賦課されると,当村ほか9か村は享保年間の割合に復すよう訴えている(矢作富山本家文書)。慶応4年新政府軍の会津出兵に伴う送迎のため日光東街道宿々に人馬を出した。文政10年寄場組合編成により,当村は小惣代・大惣代を出した。寺院は,安産祈願の真言宗蓮花寺,神社は香取神社。明治8年茨城県,同11年猿島郡に所属。明治22年に七郷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7274139
最終更新日:2009-03-01




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