ケータイ辞書JLogosロゴ 高橋町(近世)


茨城県>笠間市

江戸期〜明治11年の町名笠間城下の1町笠間城の西,東は大町,西は荒町に接する笠間5か町の1つ町の規模は,東西2町20歩・広さ6歩文禄3年宇都宮国綱の家臣玉尾忠勝が笠間城代の頃に,石井村の住民を移住させ町屋を形成した荒町との境の涸沼【ひぬま】川にかかる大橋が高く見えたことにより町名が起きたという宝永2年「町方軒別書上」によれば,屋敷数55軒・店借12戸,人数318人,内訳は地作14(うち店借1)・穀売6・酒屋2・酒売3・糀屋2・油屋2など,ほかに石井村名主・組頭などがいた(県史料近世社会経済編)ほぼ中央に真言宗威福院があった笠間稲荷は,威福院近くに祀られ,胡桃下稲荷・紋三郎稲荷ともよばれた代々笠間藩主の崇敬が篤く,万延年間には現在の本殿にあたる社殿が完成している明治11年笠間町の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7274808
最終更新日:2009-03-01




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