ケータイ辞書JLogosロゴ 田村(近世)


茨城県>土浦市

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国新治郡のうち。土浦藩領。村高は,「元禄郷帳」777石余,「天保郷帳」「旧高簿」ともに829石余。「新編常陸」によれば,村の規模は東西10町・南北20町。「県方集覧」によれば寛永11年の検地と見え高551石余,小物成に茶役銭・野山銭・夫銭があり,御林4,土橋8,圦樋6,郷蔵1,酒屋1,山伏2,三昧9,寺社は天台宗花蔵院・同正東寺・八幡社・稲荷社・弁才天社・天神社・愛宕社・天王社・大日堂・地蔵堂・薬師堂・阿弥陀堂・観音堂などで,年貢米は細代河岸から津出しするという。中貫宿の定助郷を勤め,天保4年の勤高は777石余(土浦市史編集資料)。霞ケ浦四十八津の小津頭がいた(土浦市史)。明治8年茨城県,同11年新治郡に所属。明治22年上大津村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7275001
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ