ケータイ辞書JLogosロゴ 梅ケ内村(近世)


栃木県>益子町

 江戸期〜明治22年の村名。芳賀郡のうち。はじめ幕府領,のち旗本阿部氏知行。なお,「慶安郷帳」「元禄郷帳」「改革組合村」「旧高旧領」ともに阿部氏知行と見える。村高は,「慶安郷帳」では梅内村と見え34石(田19石余・畑14石余),「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに58石。「改革組合村」では益子【ましこ】村組合寄場に属し,天保年間の家数1,安政3年の家数58(飯塚家文書)。神社には鴨鳥神社(字柿木窪)がある。明治4年宇都宮県を経て,同6年栃木県に所属。明治10年代頃の戸数4・人口24(芳香誌料)。明治22年田野村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7277922
最終更新日:2009-03-01




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