ケータイ辞書JLogosロゴ 阿古宇田(中世)


群馬県>館林市

 室町期から見える地名。邑楽【おうら】郡のうち。赤宇田とも書いた。初見は永享元年11月28日の湯峰正吉等旦那売券および同年月日の湯峰正吉旦那売券副状写で「鳥居のせんけう」に代銭15貫文で「上野国阿古宇田之大輔法印のひき」の旦那を売却している(熊野那智大社文書/県史資料編7)。邑楽郡は上野【こうずけ】の中でも熊野御師の活動が盛んな所であり,関連文書も多く残されており,阿古宇田の大輔法印はその先達を務めた者であろう。文明5年8月25日の千代若旦那売券(同前)でも本宮の大工左官九郎相伝の「上野国阿古宇田之大輔法印門弟引旦那」が18貫文で那智山実報院に売られている。そして同6年10月24日の実報院宛先達職注文(同前)には,「赤宇田先達之引」と見える。また同13年卯月2日の竹内良賢旦那売券(同前)でも「下(上カ)野国あこう田の引」の旦那を8貫文で実報院に売り渡している。明応8年3月5日の鳥居堪順旦那売券(同前)には「上野国赤田の門弟引旦那」とあるが,これは「宇」が欠落したものと考えられる。下って,文亀2年3月19日の鳥居堪順旦那売券(同前)では,「上野国佐貫庄,先達者阿古宇田幸蔵寺門弟引旦那名字共一円」を9貫文で南先房へ売り渡している。さらに永正10年6月日の道源旦那譲状(同前)では,同じく「上野国佐貫阿古宇田幸蔵寺引一円」を花蔵院へ売り渡している。同13年8月23日の実報院道改旦那処分注文(同前)には「上野国〈アコウタト申候〉先達引一円〈御所ハ除,新宮ハ満願院付申候〉」とある。なお大永5年9月27日の赤井氏家臣等連署状写(永明寺縁起/県史料集8)によれば,「阿古宇田,青柳両郷に有之御寺領」を永明寺に安堵している。また天正9年卯月13日の館林城主長尾顕長の朱印状写(同前)にも「佐貫庄阿古宇田の内,於永明寺に不可木草剪取」とあり,当地内に永明寺があったことがわかる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7281308
最終更新日:2009-03-01




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