ケータイ辞書JLogosロゴ 足垂郷(中世)


群馬県>桐生市

室町期に見える郷名新田郡新田荘のうち享徳4年閏4月吉日の新田庄田畠在家注文(正木文書/県史資料編5)は嘉応2年の目録とともに作成されたものであるが,それに「〈さかいにとらる〉あしたれの郷 田八町 畠一丁九反卅たい 在家五う」と見え,当郷の成立は平安末期に溯るものと推定され,室町期新田岩松氏の所領であったことがわかるまた「上野国新田庄嘉応年中目録 持国当知行分」とある年月日未詳の新田庄知行分目録(同前)には「一,他庄江被押領地之事」の8か所の1つに「足垂郷 薗田庄へ押領」と見え,岩松持国の頃には,当郷は境を接する薗田荘(薗田御厨)に押領されていたことが知られる江戸期の広沢村の小字に足垂ノ入が見え,現在の桐生市広沢のうちに比定される
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7281332
最終更新日:2009-03-01




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