ケータイ辞書JLogosロゴ 大柏木村(近世)


群馬県>吾妻町

 江戸期〜明治22年の村名。吾妻郡のうち。はじめ大胡【おおご】藩領,寛永15年幕府領。寛文5年須賀尾村から分村したという(郡村誌)。村高は,「寛文郷帳」273石余うち田方32石余・畑方240石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに327石余。文政10年の戸数146・人口670,農間に職人・商渡世37軒。村内を信州街道支道が通り,佐奈坂峠越えで三島村,川原湯峠越えで川原湯温泉へ通じ,道標も残る。嘉永元年から15年間中山道軽井沢宿で代助郷を勤める。大戸関所の関所付村のため,将軍の上洛や日光社参時は非常時警戒で,番小屋を設け固め人足で詰め,普請の時は夫役を提供した。百姓持林から関所柵木を出し年貢は不要。天保14年の村明細帳によれば,名主給3両。山稼・板貫・下駄・炭薪も村の重要な仕事で,三ノ倉・神山の市で販売し日用品を購入した(坂上村誌)。鎮守は,建久3年源頼朝が三原野の狩の際に勧請したという言い伝えがある諏訪大明神(現諏訪神社)。寺は永禄3年願誉大悦上人開基創立の原町善導寺末浄土宗三福寺・園城寺末天台宗寺門派岩本院や修験の光蔵寺があった。幕末の改革組合村高帳によれば,大戸村寄場組合に属し,高327石余,家数135。明治元年岩鼻県,同4年群馬県を経て,同6年熊谷県,同9年群馬県に所属。同22年坂上村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7281819
最終更新日:2009-03-01




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