ケータイ辞書JLogosロゴ 大沢村(近世)


群馬県>吉井町

 江戸期〜明治22年の村名。多胡郡のうち。はじめ吉井藩領,のち幕府領,文政7年御三卿清水家領を経て,安政4年から幕府領となる(郡村誌)。村高は,「寛文郷帳」で畑方77石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」とも同高。文政年間の家数26うち寺1・山伏2,人数101うち男55・女46,馬3,除地は不動免・薬師免・権現免・愛宕免・諏訪免・しやう免の6か所でいずれも1反ほど,農間に炭焼き・薪取りをして吉井宿へ売り,女は養蚕,絹太織を織るとある(吉井町誌)。幕末の改革組合村高帳では,吉井宿寄場組合に属し,高77石余,家数31。明治元年岩鼻県,同4年群馬県を経て,同6年熊谷県,同9年群馬県に所属。なお寺院に菩提寺があったが,明治初年焼失し,これを契機にして村民は神葬祭に代わったという。明治22年多胡村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7281856
最終更新日:2009-03-01




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