ケータイ辞書JLogosロゴ 小串(近代)


群馬県>吉井町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ入野村,昭和30年からは吉井町の大字。明治24年の戸数55,人口は男177・女167,馬6,学校1。巡査駐在所は明治32年当地に置かれ,昭和10年入野駐在所,同30年小串駐在所となり,同41年廃止された。明治41年地蔵寺は勝持寺と合併し地勝寺と改称。明治34年入野村は当地内に借地し,大小麦試作場を設け,同35年水田試作,大豆や煙草の栽培を行い,成績を公表。同38年大凶作のため,同39年県補助を受け窮民救済事業として小串・黒熊入会地内赤坂道路改修を行った。同43年菅原神社・二荒神社・神明宮・稲荷神社の4神社は,黒熊の浅間神社に合祀された(同前)。昭和10年代,養蚕法に各種の催青法があったが,同29年当地の稚蚕共同飼育所が成果をあげ,同36年以後農協の指導で全村で571基うち当地48となる(多野藤岡地方誌)。昭和22年入野中学校を小学校東校舎を使用して開校。同27年中学校移転,跡地に入野公民館開設。同29年幼稚園を小学校に併設のため,公民館は入野村旧役場庁舎の跡に移転。同44年用地交換があり,公民館廃止,撤去。当地区は,集会に小串公会堂を使用していたが,同55年中山下にコミュニティセンター建設。同56年隣接地に身体障害者対象の社会福祉法人せいらん学園が開園,職員1で40名収容。光心寺(如意輪観音)は,南毛霊場12番札所に指定された。昭和53年東吉井団地の入居開始。同団地は鏑川に沿う字背戸に造成され,古墳1基は緑地帯となる構想もある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7281989
最終更新日:2009-03-01




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