ケータイ辞書JLogosロゴ 奥平村(中世)


群馬県>吉井町

 鎌倉期に見える村名。甘楽【かんら】郡のうち。正和3年閏3月15日藤原宗家和与状写(成田系図所収文書/県史資料編6)に「成田六郎入道長信与同又五郎宗家・彦五郎宗員〈今者出家法名円勝〉相論,上野国奥平村事」と見え,当村について成田氏一族の中で相論があったことが知られる。同和与状によれば,当村は勲功の賞として成田某(法名円信)に宛給されたが,死後,子息宗家・宗員と一族の成田長信との間で相論が起こり,「猿田下壱段,山仁琵琶坂道より西平」を長信に去り渡すことで和与となった。このうちの「西平」については,明治初期上奥平村の小字に西平が残る。下って,戦国末期に成立した「上野国群馬郡簑輪軍記」によれば,永禄6年武田信玄が西上野【にしこうずけ】に侵入し,簑輪城落城後,長野氏に属した「奥平の城」(馬場城)などが次々に落城したという(群書21)。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7281992
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ