ケータイ辞書JLogosロゴ 小倉(近代)


群馬県>吉岡町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ明治村,昭和30年吉岡村,平成3年からは吉岡町の大字。明治24年の戸数49,人口は男129・女138,水車場3。西部から中央部にかけて豊富な雑木林に覆われていたため,薪炭を製造し宝暦14年以前からあった。元惣社の六斎市で売却した。明治18年開通の清水越新道は,現在は主要地方道高崎渋川線となり,当地の東部を通る。明治26年この新道に鉄道馬車が運行され,明治40年電車に変わり,その後乗合バスが併せて運行されたが,昭和28年電車の運行は廃止となった。昭和16年相馬ケ原に陸軍予備士官学校が創設され,国鉄八木原駅から小倉を縦貫する軍用道路が開通し,現在は主要地方道渋川安中線となっている。昭和51年上越新幹線創設に伴い,地下100mのトンネル内に湧出する地下水を汲み上げて浄化用貯水池とした上野貯水池は吉岡村に委託された。第2次大戦後化学繊維の進歩によって絹糸は需要が激減し,養蚕業は振るわず都市周辺の農村地区として,小倉地区ではブドウの栽培が開始され,昭和36年の栽培面積は10haで戸数32戸,渋川市・前橋市の市場に出荷したが,近年伊香保温泉や水沢観音への観光客にもぎとり直売方式をとっている。近年キュウイフルーツの栽培も開始された。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7281997
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ