ケータイ辞書JLogosロゴ 恩賀村(近世)


群馬県>松井田町

江戸期〜明治8年の村名甘楽【かんら】郡のうち入山川最上流域の山間に位置する入山峠・和美峠で信州と結ばれる入山峠越えは古代の東山道といわれ,入山峠には祭祀遺跡があり,昭和46年碓氷バイパスが開通した西牧領14か村の1つ幕府領村高は,「寛文郷帳」で畑方5石余,「元禄郷帳」で35石余,「天保郷帳」36石余,「旧高旧領」35石余文禄2年西牧関所の北遠囲いの村となり,関所への夫役などを勤め,また夫銭なども賦課された(小林家文書)村内は上恩賀・下恩賀・下平から成るこのうち上恩賀は明治43年洪水に襲われ,17人の犠牲者を出し壊滅した下平には用水に使う八幡池があるが,そのほかの地は沢水を利用し,段々畑を開いている名主は,西牧関所のある本宿村名主が兼帯鎮守は下恩賀の御霊神社と下平の八幡神社幕末の改革組合村高帳では,本宿村寄場組合に属し,高35石余,家数28明治4年の人口115うち男67・女48,家数39,馬2(松井田町誌)明治元年岩鼻県,同4年群馬県を経て,同6年熊谷県に所属同8年西野牧村の一部となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7282081
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ