ケータイ辞書JLogosロゴ 柏倉郷(中世)


群馬県>宮城村

 戦国期に見える郷名。勢多郡のうち。永禄9年11月15日の北条高広判物(奈良原文書/県史資料編7)によれば,「柏倉郷深沢修理亮抱弐貫文,松村左衛門四郎抱近戸免弐貫五百文,同諏方免壱貫文,阿久沢源三郎抱参貫文,大崎次郎左衛門抱七百文,都合九貫文弐百文之所」を三夜沢赤城神社に寄進している。深沢・松村・阿久沢・大崎氏はこのあたりの地衆(地侍)であり,高広によって被官として組織されたことがわかる。次に,元亀3年10月26日の応昌寺宛北条高広判物(善昌寺文書/群馬県古城塁址の研究補遺上)に「三夜沢・柏倉所領両方共応昌寺へ相渡申候」とある。応昌寺は大胡【おおご】町河原浜にある名刹である。さらに,天正13年8月日の大胡高繁判物(奈良原文書/県史資料編7)に「柏倉九貫文之地為新寄進奉進納候」と,三夜沢赤城神社に寄進している。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7282113
最終更新日:2009-03-01




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