ケータイ辞書JLogosロゴ 上津村(近世)


群馬県>月夜野町

 江戸期〜明治22年の村名。利根郡のうち。名胡桃【なぐるみ】村が上津村・下津村に分村して成立。「元禄郷帳」「天保郷帳」では名胡桃を冠称。はじめ幕府領,宝永元年沼田藩領,享保15年幕府領,文化9年から旗本大久保氏と萩原氏の相給となる(郡村誌)。沼田藩主真田氏改易後,幕命により行われた酒井氏貞享検地で村名が見え,村高679石余(平形家文書/県史資料編12)。「元禄郷帳」も同高,「天保郷帳」684石余,「旧高旧領」675石余。なお明治2年の村明細帳(旧桃野村役場蔵文書/同前)によると,真田伊賀守の時代に分村,ただし田畑・野山とも境目なしとある。同明細帳による家数37・人数152,寺院は如意寺,神社は八幡社など,御林1,百姓林124,漆年貢・薪役・鴨役などを上納,村内には当村・下津村を山元とする新巻村・相又村・月夜野村・二枚原村・小川村・湯宿村・師田村・羽場村・石倉村・布施村入会の秣場があり,一方,赤谷山へ新巻村・二枚原村・須川村・羽場村・湯宿村・布施村・下津村・師田村とともに入会権を持っていた。村内には用水堰1・溜池2があったが,弘化3年下津村境用水路をめぐって師田村と争論となり,7月内済処理による済口証文が作られている(中村組有文書/同前)。幕末の改革組合村高帳では,須川村寄場組合に属し,高675石余,家数158。明治元年岩鼻県,同4年群馬県を経て,同6年熊谷県,同9年群馬県に所属。また同書によると,明治6年如意寺に仮設された下津村と共立の小学校があり,生徒数は男64・女4。同22年桃野村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7282317
最終更新日:2009-03-01




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