ケータイ辞書JLogosロゴ 上野田(近代)


群馬県>吉岡町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ明治村,昭和30年吉岡村の大字。明治24年の戸数99,人口は男267・女273,学校1・水車場5。同31年組合員35名の群馬精糸会社設立,自家生産の繭を座繰器で製糸し,金古町の本社を経て,横浜に販売した。同36年上野田耕地整理組合により耕地整理が行われた。整理面積は16町余であった。昭和16年相馬ケ原に陸軍予備士官学校が創立され,飲用水として野田用水を分水した。その後米軍が駐留,ついで自衛隊第12師団が設置され,引き続き給水する。昭和20年の第2次大戦後,戦災者・海外引揚者・復員軍人・軍属などが明治村就農組合を作り,滝の沢川を挟んで南開24戸・北開9戸が入植した。養蚕も飼育方法が変わり,昭和37年から同42年までに稚蚕時の共同飼育する稚蚕共同飼育所が3か所に設置され,利用者は35戸。昭和38年農業近代化に基づく構造改善事業として,酪農・養豚・養鶏・果樹野菜栽培を開始。リンゴ栽培は4戸・3ha,果樹2,000本,観光地船尾滝・伊香保温泉・水沢観音などを訪れる客を相手に,つみとり直売方式をとる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7282351
最終更新日:2009-03-01




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