ケータイ辞書JLogosロゴ 上之手(近代)


群馬県>玉村町

 明治22年〜現在の玉村町の大字名。明治24年の戸数68,人口は男168・女164。世帯数・人口は,昭和5年55・375(男176・女199),同60年244・793(男375・女418)。明治32年能率増進を目的として西郷田植組合が結成され,同43年には東郷田植組合が設立された。大正期北郷と中郷に貯金組合が結成され,大正15年この2組合が合同して上之手農事組合を組織し,農事の改良発展に努めた。昭和3年の農家戸数53うち専業農家47・兼業農家6,水田36町余・畑4町余・桑園30町余(玉村町郷土誌)で,米・麦・繭を主とする生産形態が長く続いてきたが,同40年代後半からビニールハウスを利用した野菜栽培と酪農が加わった。また昭和30年代後半の農地改良事業により地内全域の耕地が碁盤目状化し,大型農業機械を縦横に駆使する近代農業が行われている。大正期から第2次大戦前まで地内の少年が組織した侠勇会と称する少年団があり,校外の修養活動にあたっていた。昭和57年字地北西部に文科系の県立女子大学が建設された。同大学の西に隣接して県央下水処理場が広い面積を使って建設中で,その一部が同62年10月1日から供用開始されている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7282355
最終更新日:2009-03-01




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