ケータイ辞書JLogosロゴ 川内村(近代)


群馬県>吉井町

 明治3〜15年の村名。多胡郡のうち。上河内村と下河内村が合併して成立。はじめ岩鼻県,明治4年群馬県,同6年熊谷県を経て,同9年群馬県に所属。明治3年の組合村家数人別書上帳(三木家文書/県史資料編9)による高431石余,家数41・人数173(男95・女78)。「郡村誌」によれば,税地は田7町1反余・畑41町3反余・宅地3町2反余・林3町2反余,貢租は,地租が米34石余・金111円余,雑税148円余,賦金1円余,戸数92・人数233,馬5,人力車1・荷車3,神社は大杉社・白山社,寺院は,明治3年12月1棟を残し焼失した真言宗吉祥山延命院,浄土宗菩提山法林寺,物産は繭161石余・生糸6貫余・絹40疋・太織5疋で,富岡町・吉井の両町へ販売,民業は,男で農桑業84戸・商4戸,女で養蚕・製糸・絹織を業とする者128人。明治6年7月吉井町・矢田村・塩川村・下長根村と連合して吉井小学校を法林寺に開校,当時の教師数5・生徒数147(同前)。同15年吉井町の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7282425
最終更新日:2009-03-01




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