ケータイ辞書JLogosロゴ 後閑(中世)


群馬県>月夜野町

 戦国期に見える地名。利根郡のうち。天正8年2月24日の小菅刑部少輔宛武田勝頼領知状写(小菅系図/岩手県中世文書下)に「一,後閑領」と見え,小河城攻略の後に当地などを宛行うことを約している。天正8年6月晦日の武田勝頼判物写(加沢記/県史料集3)によれば,西丸(山)市之丞の沼田攻めの忠信に対して「仍為本領沼田内後閑善昌寺分之処右如此被下置候」と,当地が本領として安堵されている。天正9年と推定される年未詳6月7日の武田勝頼条目(真田家文書/県史資料編7)では,沼田城(倉内城)開城により城主となった真田昌幸に対して利根・沼田地域の諸支配を命じているが,そのなかに「一,後閑橋事」と見え,当地を流れる赤谷川に橋が架けられていたことが知られる。また年月日未詳の猪俣能登守覚書(東京大学史料編纂所所蔵猪俣文書/同前)には「勘解由左衛門ハこかんノ橋を持候て二(カ)日迄勝頼とせりあいノ相手」と見え,当地に架かる橋をめぐって小田原北条勢と武田勢の攻防があったことが知られる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7282679
最終更新日:2009-03-01




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