ケータイ辞書JLogosロゴ 下野田(近代)


群馬県>吉岡町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ明治村,昭和30年吉岡村,平成3年からは吉岡町の大字。明治24年の戸数114,人口は男299・女317,水車場5。明治18年開通の清水越新道は三国街道時代と違って交通量が増え,字原では伊香保道と交差し,同26年鉄道馬車が通り,同40年には電車に切り替えられ,交換所と停留場ができると,商家が急激に増えた。明治32年大火があり21戸が全焼した。同43年下野田信用購買組合が発足,農家84戸が加入し,事業は貯金の奨励と低利資金の貸付け,肥料農機具の共同購入,日用品の購買が行われた。大正5年下野田倉庫が倉庫業と繰糸業を兼ねた。昭和3年明治郵便局開局,同13年村内電話開通。同20年前橋市米軍空襲の余波を受け,7戸が全半焼した。同18年原の地域の大半が大火にあう。同30年原の地域に大火があり38戸が全半焼。同59年関越自動車道新設工事完了。同年滝沢古墳・横穴式円墳を復元造築した。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7283132
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ