ケータイ辞書JLogosロゴ 中森(中世)


群馬県>千代田町

 戦国期に見える地名。邑楽【おうら】郡のうち。天正12年6月14日の北条氏直充行状(原文書/県史資料編7)に「知行方 館林領之内……中森」と見える。この充行状は宛所が切断されているが,小泉城の富岡氏宛のものと考えられる。同年初め,北条氏直は金山城主由良国繁とその弟館林城主長尾顕長を拘禁し,両城の明け渡しを要求したが,両氏はこれに従わなかったため,合戦が始まった。富岡秀長・秀朝父子の拠る小泉城はこの両城の中間にあったが,富岡氏は小田原北条氏に従ったので,当地を含む館林領10か所と新田領11か所を宛行われた。なお,鎌倉期の永仁3年12月21日の関東下知状(長楽寺文書/県史資料編5)に「佐貫庄上中森郷」が見える。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7283884
最終更新日:2009-03-01




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