ケータイ辞書JLogosロゴ 西柏倉村(近世)


群馬県>宮城村

江戸期〜明治5年の村名勢多郡のうち赤城山南麓に位置する貞享2年柏倉村から分村して成立と伝えられるはじめ前橋藩領,明和6年幕府領,天明6年山城淀藩領村高は,「元禄郷帳」285石余,「天保郷帳」362石余,「旧高旧領」262石余元禄2年の水帳によれば,田22町2反余・畑9町8反余・屋敷1町3反余宗門人別改帳などによる戸数・人数は,寛政7年70・322,延享元年63・268,安永3年66・288,天明2年67・292鎮守は諏訪上下大明神宮を東柏倉村とともに祀る明治4年淀県を経て群馬県に所属同5年柏倉村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7283992
最終更新日:2009-03-01




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