ケータイ辞書JLogosロゴ 鼻毛石(中世)


群馬県>宮城村

 戦国期に見える地名。勢多郡女淵郷のうち。天正年間中頃と推定される年未詳9月25日の長尾顕長宛行状(北爪重一氏所蔵文書/県史資料編7)に「女淵郷はなけ石之内五貫文之所ニ苗島之内廿貫文之所指添,為加恩出置之候」とあり,当地のうち5貫文の地などが北爪主計助に宛行われている。なお,当地は女淵郷に含まれていた。天正年間中頃のものと推定される年未詳5月6日の北爪出羽守長秀の寄進状(奈良原文書/同前)によれば,「はなけいし」のうちの「竹之内」「い気のしり」「里うこ阿ん」などで300文の地が三夜沢赤城神社に寄進されている。竹之内・いけのしりは当地の小字名として現在も残っている。さらに天正18年2月21日の北条家朱印状(北爪文書/同前)によれば,当地をはじめ苗ケ島・友成・深津で合わせて142貫文の給地が北爪大蔵ら25名の地衆(地侍)に宛行われている。宛行われた貫高は3貫文から10貫文である。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7284190
最終更新日:2009-03-01




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