ケータイ辞書JLogosロゴ 吉井(近代)


群馬県>吉井町

 明治22年〜現在の吉井町の大字名。明治24年の戸数322,人口は男659・女636,馬15・学校1。明治23年,中山の峠道開通,大正9年鏑川(大字池)に木造吊り橋の多胡橋が落成し,高崎〜吉井間に幅3.3mの県道が開通。明治35年郵便局が電信事務を取扱い,同41年電話開通,昭和45年自動電話開設。与志井銀行は明治30年設立,同31年開業。葉煙草専売取扱所の用務取扱いと養蚕の融資を目的とし,昭和4年上州銀行に合併,同吉井支店となり,同7年群馬大同銀行支店,同30年群馬銀行吉井支店となる。甘楽郡信用金庫は昭和30年,新町信用組合は同36年に,支店を創設。大正末年商店連盟を組織し,昭和初年商栄会に改組,昭和6年任意商工会発足,同35年吉井町商工会創立。同41年吉井・多胡・入野・岩平の4農協は合併,町農協創立,同47年農協会館建設。昭和38年土木建築資材の製造販売を行うバキュームコンクリート操業開始。このほか宮沢建設工業吉井支店・古河工業吉井支店やビクトリ・クロジングがある。明治30年上野鉄道吉井停車場開業,昭和39年上信電鉄吉井駅となる。昭和4年頃上信バスが発足,戦争の進行に伴い同17年藤岡自動車輸送会社などは,上信バス会社を中心に統一され,西毛地区の中心会社となる。同30年頃から自動車が普及,同44年吉井〜多比良間,吉井〜東谷間,吉井〜塩畑堂間のバスは廃止。上信電鉄の主要駅吉井に,個人企業の運送会社が設立され,昭和43年廃業(吉井町誌)。明治41年今泉の八幡宮に,塩川・下長根の両八幡宮,下谷【しもやつ】の大杉神社(4社とも村社),旧陣の春日神社,久伝の久伝稲荷神社,弁天谷の白山神社(3社)ならびに各社の境内末社を合祀。社殿は嘉永元年創建である(多野藤岡地方誌)。真言宗延命院の本尊は延命地蔵菩薩・不動明王・大日如来で明治39年福島町正覚寺,同40年池村蓮勝寺・塩川村泉福寺ならびに境内の仏堂を合併,延命密院と改称,昭和50年代宝物庫を新築。玄太寺は,天保5年・昭和30年と2度焼失し,同32年建築(吉井町誌)。明治40年頃専売局東京煙草収納所吉井出張所が置かれ,同45年頃東京専売支局吉井出張所,大正期高崎専売支局吉井出張所,昭和期高崎地方専売局吉井葉たばこ取扱所となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7285027
最終更新日:2009-03-01




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