ケータイ辞書JLogosロゴ 安保町村(近世)


埼玉県>上里町

江戸期〜明治9年の村名県北西端賀美【かみ】郡安保【あぼ】領のうち古くは長幡【ながはた】郷丹之荘に属したという江戸初期に安保郷の児玉郡本庄宿(現本庄市)から上野【こうずけ】国(群馬県)小幡・七日市宿へ至る脇往還沿いが町場化した地初見は「田園簿」で,村高が七本木村のうちに集計されて記載郷帳類には「安保町」,「新編武蔵」には「安保町村」と見える正保国絵図および元禄国絵図には宿駅として記載はじめ幕府領,正保年間は旗本岡山・新見氏の相給,文化9年から旗本鈴木氏の知行検地は承応4年村高は「元禄郷帳」では63石余,「天保郷帳」では65石余村の規模は東西2町・南北1町余化政期の家数28軒神社は長浜町村・横町村と当村の鎮守をかねた諏訪社寺院は新義真言宗竜福寺,当山派修験宮本坊明治4年竜福寺が焼失明治9年埼玉県に所属同年の戸数18・人口63,馬2飛地が長浜町村・堤村・藤木戸村・横町村・大御堂村にあった物産は繭・絹・太織同年長浜町村・横町村と合併して三町【みまち】村となる現在の上里【かみさと】町大字三町のうち
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7285260
最終更新日:2009-03-01




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