ケータイ辞書JLogosロゴ 飯島村(近世)


埼玉県>吉川市

 江戸期〜明治22年の村名。葛飾【かつしか】郡二郷半領のうち。古くは八木郷風早荘に属したという。幕府領。当村は慶長19年以降の開発で,慶長19年正月28日の伊奈忠治手形は,「二郷半の内飯嶋新田開之事」と題し,当村の平右衛門に開発を命じている。1,2年間は年貢・諸役を免除されたが,のちに半割村に属し,元禄8年の検地の際に分村したという。村高は,「元禄郷帳」では160石余,以後変わらず。村の規模は東西8町・南北2町半。化政期の家数16軒。用水は新田方用水を利用。反別は,田17町2反余・畑5町6反余。土場【どじよう】村に飛地があり,下総【しもうさ】国流山【ながれやま】への小金道が通る。鎮守は土場村の八幡社。寺院は浄土宗宗円寺。高札場は村の西部で,小名には利根川耕地・大場耕地などがある。旧家は平右衛門家で,埼玉郡(比企【ひき】郡か)飯嶋村から移住したという中村氏。当村開発の祖で,宗円寺の開基。明治4年埼玉県,同12年北葛飾郡に所属。明治9年の戸数18・人口108,馬5,水害予備船20,物産は米・大麦。三輪野江村・土場村に飛地がある。明治22年三輪野江村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7285338
最終更新日:2009-03-01




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