ケータイ辞書JLogosロゴ 飯塚(中世)


埼玉県>岩槻市

 南北朝期〜戦国期に見える地名。建武元年2月6日の足利尊氏御教書に「武蔵国飯塚村」とあり,法華寺住持是徹が元弘3年に後醍醐天皇綸旨によって安堵された寺領を大河原又三郎が侵犯していると訴えたのに対し,足利尊氏は寺領を安堵するよう上杉憲顕に命じている(法華寺文書)。永禄9年11月23日の太田氏資判物および天正15年10月18日の太田氏房印判状によれば「飯塚之内法華寺門前諸公事并棟別諸勧進」が停止されている(同前)。天正14年11月29日の太田氏房寄進状によれば「飯塚法華寺領拾貫文」を寄進するので寺内を綺麗にするよう命じている(同前)。この法華寺には足利尊氏の供養塔と伝えられる板碑があり,戦国期には岩付城主太田氏の支配下にあり棟別銭などの免除をうけていたことがわかる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7285353
最終更新日:2009-03-01




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