ケータイ辞書JLogosロゴ 石間谷(中世)


埼玉県>吉田町

 戦国期に見える地名。秩父【ちちぶ】郡のうち。元亀2年4月7日の北条氏邦印判状写(高岸文書)には,綿1把・漆半分・3艘の舟役・人足5人を「二月廿七日石間谷江敵動候処ニ各々出逢,尽粉骨,随高名候処御感ニ被思食候,彼為褒美,右役長令免許候」とある。天正14年3月13日の北条氏邦定書(武文)には,鉢形【はちがた】城秩父曲輪の守備・修理の秩父衆として「弐間 石間土」と見える(武文)。また天正16年2月25日の北条氏邦印判状には,秩父衆139人の中に「壱本 鑓・壱騎 馬上 以下弐人 石間土源五郎」とある(彦久保文書)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7285404
最終更新日:2009-03-01




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